お布施を渡し忘れた!後日どう渡せばいい?失礼にならない届け方を僧侶が解説

お布施を渡し忘れた!後日どう渡せばいい?失礼にならない届け方を僧侶が解説

法事が無事に終わって、親戚を見送って、やっとひと息。
片付けをしていたら、お内仏(仏壇)の横に「御布施」と書いた封筒がそのまま置いてあった——。

「え、渡してない……!」

そんなふうに青ざめた経験のある方も、いらっしゃるのではないでしょうか。
「お布施を渡し忘れてしまって……」というご相談は、葬儀や法事のあとによくいただきます。

この記事では、お布施を渡し忘れたときの後日の渡し方(連絡・持参・郵送)、封筒や添える言葉、遅れたときの考え方、そして「そもそもお布施は何のために渡すの?」という浄土真宗の受け止め方まで、僧侶の立場からお話しします。

目次

お布施は後日渡しても大丈夫です

結論から言うと、お布施は、気づいた時点でお寺に連絡して、後日お届けすれば大丈夫です。

お布施は、その場で払わなければいけない「代金」ではありません。
だから、数日遅れたからといって、取り返しのつかない失礼になることはないんです。

やることはシンプルです。
気づいたら、まずお寺に電話で一言。
それから、都合のいい日にお寺へ持っていく。
お寺に行けなければ、現金書留で送るか、お寺の案内に合わせて振り込む。
基本はこれだけです。

ひとつだけ気をつけたいのは、気まずさから黙ったままにしないこと。
ここさえ押さえておけば、あとは落ち着いて大丈夫ですよ。

お布施を渡し忘れたら、まず何をすればいい?

「気づいたのはいいけど、どう切り出せばいいんだろう」
いちばん手が止まるのは、ここだと思います。
順番に見ていきましょう。

最初にお寺へ電話で一言伝える

まずしてほしいのは、お寺への連絡です。

いきなりお寺に行っても、住職が法事や月参りで出かけていることはよくあります。
せっかく足を運んだのに会えなかった、では二度手間ですよね。

電話では、こんな伝え方で十分です。

「先日、母の一周忌でお世話になった〇〇です。実はお布施をお渡しするのを、うっかり忘れてしまいまして……。近いうちにお届けしたいのですが、ご都合のよい日はありますか?」

謝りすぎなくて大丈夫です。
事情をそのまま伝えれば、お寺のほうで受け取り方を考えてくれます。

お寺によっては「次のお参りで伺うときで結構ですよ」と言われることもあります。
そのときは、その言葉に甘えて問題ありません。

お寺に持参するのがいちばん丁寧

行ける距離なら、お寺へ持参するのがいちばん丁寧です。

お寺に着いたら、先に本堂でお参りをしてから、お寺の方に声をかけるのが本来の流れです。
とはいえ、本堂が閉まっている時間帯もありますし、玄関先で受け取ってもらうことも珍しくありません。
そこは住職に合わせてください。

渡し方は当日と同じです。
袱紗(ふくさ)から出して、表書きが相手から読める向きにして差し出します。
切手盆(小さなお盆)があればその上に、なければたたんだ袱紗の上に載せればOKです。

添える言葉は、「先日はありがとうございました。遅くなってしまい申し訳ありません。どうぞお納めください」くらいで十分です。

住職が留守で、坊守さんなどのご家族が対応してくれた場合は、その方に預けて大丈夫ですよ。

お寺が遠いなら現金書留で送ってもいい

「お寺が遠方で、なかなか行けない」
「仕事や子どもの世話で、お寺へ行く時間がない」

そんなときは、郵送でも失礼にはあたりません。

ただし、注意点がひとつあります。
現金は普通郵便やレターパックでは送れません。

郵便局の窓口で現金書留用の封筒を買い、お布施の封筒ごと入れて、そのまま窓口から送ってください。

現金書留の封筒には手紙も一緒に入れられるので、短い添え状を入れておくと気持ちが伝わります。
送る前に電話で「郵送でお届けします」とひと言伝えておくと、お寺も受け取りに備えられて安心です。

振込でもいい?

最近は、お寺から振込先を案内されることもあります。

ただ、振込を受け付けていないお寺もありますし、口座が分からないまま振り込むわけにもいきません。
電話のときに「どのようにお届けすればよろしいですか?」と聞いてみてください。
お寺の希望に合わせるのが、いちばん確実です。

葬儀社の紹介で来てもらった僧侶の場合は?

菩提寺(お付き合いのあるお寺)がなく、葬儀社の紹介で僧侶に来てもらった場合は、連絡先がそもそもわからない場合もあります。

その場合は、まず葬儀社に相談するとスムーズです。

後日渡すとき、封筒や表書きはどうする?

「日にちが変わったら、封筒も書き直したほうがいいの?」
これもよく聞かれます。

表書きは当日と同じ「御布施」で大丈夫

当日用意していた封筒が、そのまま使えます。
日付を書き直したり、お詫びの言葉を書き足したりする必要はありません。

封筒が汚れたり折れたりしてしまった場合は、新しい封筒に包み直しましょう。

浄土真宗では、表書きは「御布施」とするのが一般的です。
お寺や地域によっては「御礼」や「志」と書くこともあります。

一方で、真宗大谷派では「読経料」「回向料」とは書きません。
なぜそう書かないのかは、このあとの「浄土真宗ではお布施をどう考える?」でお話しします。

なお、水引をつけるか、どんな封筒を使うかは、地域差がかなりあります。
浄土真宗でも宗派によって異なる場合がありますので、迷ったら当日のために用意したものをそのまま使えば十分です。

遅れたお詫びは、言葉か一筆箋で添える

封筒そのものにお詫びを書く必要はありません。
そのかわり、手渡しなら一言、郵送なら短い手紙を添えると、気持ちがきちんと伝わります。

郵送するときは、こんな文面で十分です。

【郵送するときの添え状の例】
〇〇寺 ご住職様

先日は、父〇〇の四十九日法要をお勤めいただき、誠にありがとうございました。
当日お渡しするはずのお布施を、うっかりお渡しできないままになっておりました。
遅くなりましたこと、お詫び申し上げます。
本来は持参すべきところ、略儀ながら郵送にて失礼いたします。
どうぞお納めください。

〇年〇月〇日
△△△△(施主名)

かしこまった文章が苦手なら、一筆箋に「先日はありがとうございました。遅くなり申し訳ありません」と書くだけでも大丈夫です。

お車代や御膳料も渡していなかったら?

お布施と一緒に、お車代や御膳料も渡し忘れていた——ということもありますよね。

その場合も、同じタイミングで一緒にお届けすれば大丈夫です。
封筒はそれぞれ分けて、「御布施」をいちばん上に重ねるのが一般的です。

いつまでに渡せばいい?遅れたら失礼になる?

「気づいたのが1か月後。もう遅いかな……」
そんなふうに迷っている方もいるかもしれません。

結論から言うと、遅すぎて渡せない、ということはありません。
お布施に「〇日以内」という決まりはないからです。

気づいたらその日か翌日に電話、お届けは都合のつく日で十分だと思います。
目安を挙げるなら、1〜2週間のうちに届けられると、お互いにすっきりしますね。

かえって気をつけたいのは、「タイミングを逃したから、次の法事のときにまとめて……」と、黙って先延ばしにしてしまうこと。
気まずさが積み重なると、お寺との関係までぎこちなくなりがちです。

遅れたぶん、金額を上乗せしたほうがいい?

上乗せする必要はありません。

お布施は代金ではないので、支払いが遅れたときの「延滞料」のような考え方は、そもそもありません。
用意していた金額を、そのままお届けすれば大丈夫です。

菓子折りも必須ではありません。
気になる方は持参するときに添えてもいいですが、なくて失礼になることはありませんよ。

お寺はお布施の渡し忘れをどう思っている?

「怒られないかな」
「非常識な家だと思われたかも」
いちばん気になるのは、実はここかもしれません。

僧侶の立場から正直にお話しすると、お布施の渡し忘れは、そんなに珍しいことではありません。

葬儀や法事の当日、施主さんは本当に忙しいです。
親戚へのあいさつ、会食の段取り、帰りの車の手配。
小さなお子さん連れなら、なおさらです。
お布施のことがすっぽり抜けてしまうのは、無理もないと思います。

以前、ある門徒宅の一周忌でのこと。
お勤めのあと、施主さんはぐずる赤ちゃんを抱っこしながら親戚の対応に追われていて、私はそのままお寺に戻りました。

数日後、「すみません、お布施を……」とお電話をいただきました。
電話口で何度も謝っておられましたが、私のほうは「わざわざご連絡くださって、ありがとうございます」という気持ちしかありませんでした。

お寺からは「お布施がまだです」と言いにくい
お寺の側が渡し忘れに気づいていても、自分からは言い出しにくいことが多いものです。
お布施は、お寺が請求するものではなく、門徒さんの側から差し出してもらうもの、という前提があるからです。
だからこそ、施主さんから一言連絡をもらえると、お寺としてもほっとする。
少なくとも私の周りでは、そう感じている僧侶が多いと思います。

もちろん、お寺によって考え方はさまざまです。
ただ、正直に連絡して責められることは、まずないと思って大丈夫ですよ。

そもそもお布施とは?お経の「料金」ではないの?

ここで少し、「そもそも」の話をさせてください。

「お布施って、要するにお経をあげてもらった料金でしょ?」
そう思っている方は多いと思います。
正直に言うと、私も仏教を学び始めるまでは「お経のお礼として払うもの」くらいに思っていました。

ネットでも「相場」の話があふれていますし、そう感じるのは自然なことです。
ただ実は、お布施はもともと「料金」とはまったく違う考え方から生まれたものです。

仏教の「布施」には3つのかたちがある

一言で言うと、布施とは見返りを求めずに施すことです。

もとは古代インドの言葉で「ダーナ」といい、慈しみの心で施すことを意味します。
大乗仏教で大切にされてきた6つの実践(六波羅蜜)の、いちばん最初に挙げられるのが布施です。

そして仏教では、布施を3つに分けて考えます。

法施(ほうせ)は、仏さまの教えを説き伝えること。
財施(ざいせ)は、衣食やお金などの財を施すこと。
無畏施(むいせ)は、おそれのない安心を与えること。

私たちがお寺に包むお布施は、このうちの財施にあたります。

面白いのが「法施」です。

伝統的には、在家の人は財施を、出家した修行者は法施を、という形で語られることが多く、お坊さんが法話をしたり教えを伝えたりすることも、布施の一つとされてきました。

え、お坊さんも布施をする側なの?と思われたかもしれません。

そうなんです。布施は、施す人から受ける人への一方通行ではなく、お互いに施し合う関係として考えられてきました。

お金や物がなくてもできる布施は「無財の七施(むざいのしちせ)」と呼ばれ、そのひとつに、やわらかな笑顔で人に接する「和顔施(わがんせ)」があります。

布施は、もともとそれくらい暮らしに近いものなんです。

お布施が「お寺に包むお金」になった背景

お釈迦さまの時代、出家した修行者は托鉢(たくはつ)をして、人々から食べ物などの施しを受けて暮らしていました。
施す側にとっても、それは大切な仏道の実践でした。

日本でも、かつては収穫した作物や反物などを納めていたと言われます。
今でもお布施を「払う」ではなく「包む」と言うのは、その名残だと考えられています。

その後、江戸時代に檀家制度が広まると、お寺が地域の葬儀や法事を担うようになり、そのときにお布施を包む習慣が定着していきました。

葬儀や法事と結びついたことで、いつの間にか「お経の料金」というイメージが強くなった。
でも根っこにあるのは、あくまで施しの心です。
お布施に決まった金額がないのも、そのためです。

浄土真宗ではお布施をどう考える?

一言で言うと、浄土真宗のお布施は、仏さまの教えに出遇えたことへの感謝を形にしたものです。

真宗大谷派では、「報恩謝徳(ほうおんしゃとく)」という言葉を大切にしてきました。
恩に報い、徳に謝する。いただいたご恩に応え、感謝するという意味です。

法要や行事の最後には、「恩徳讃(おんどくさん)」を歌うことがよくあります。

如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も ほねをくだきても謝すべし
(『正像末和讃』)

阿弥陀如来の大きな慈悲と、その教えを伝えてくださった方々への恩に、身を尽くして応えていこう、という和讃です。
「報ずべし」「謝すべし」という言葉に、報恩謝徳の心がそのまま表れていますね。

お布施は、この報恩謝徳の気持ちを形にしたひとつだと、私は受け止めています。

浄土真宗で最も大切な法要とされる報恩講も、親鸞聖人のご命日をご縁に、そのご恩に報いる仏事です。
報恩講については、下記記事で詳しく紹介しています。

浄土真宗のお勤めは「追善供養」ではない

ここで、一般的な仏教と浄土真宗の違いを整理しておきます。

一般的な仏教では、遺族が読経などの善い行いをして、その功徳を故人に振り向ける「追善供養」という考え方があります。
お布施の表書きに「回向料」と書く宗派があるのも、この考え方とつながっています。

一方、浄土真宗では、亡くなった方は阿弥陀如来のはたらきによって浄土に生まれると受け止めます。
遺族がお経をあげたり、お布施を包んだりすることで、故人の行き先が決まるわけではありません。

だから浄土真宗の法事は、故人を偲びながら、そのご縁で残された私たちが教えに遇う場です。
真宗大谷派で「読経料」「回向料」と書かないのも、お経を故人のために「買う」ものではないからです。

お経が誰のためにあるのかは、下記記事で詳しく解説しています。

だから「渡し忘れたら故人が困る」ことはない

今回、いちばんお伝えしたいのはここかもしれません。

お布施を渡し忘れたと気づいたとき、心のどこかで「故人に申し訳ないことをしたかも」と感じた方もいるのではないでしょうか。

でも、安心してください。
浄土真宗の教えでは、お布施が遅れたことで、亡くなった方に何かあるということはありません。
故人の往生は、お布施によって左右されるものではないからです。

宗派によって考え方が違うところ

浄土真宗以外の宗派では、お布施を、執着を手放す「布施行」という修行として説明したり、故人への回向と結びつけて考えたりすることがあります。
表書きに「御経料」「御回向料」を使うこともあります。

また、葬儀のお布施に「戒名料」が含まれると説明されることもありますが、浄土真宗では戒名ではなく法名をいただきます。

同じ浄土真宗でも、封筒の種類や表書き、渡し方の作法は、お寺や地域によって違いがあります。

迷ったときは、お付き合いのあるお寺に直接聞くのがいちばん確実です。

次の法事で渡し忘れないためのコツは?

「次こそは忘れたくない」という方のために、僧侶の目から見たちょっとしたコツもお伝えしておきます。

ひとつは、誰が渡すかを家族で決めておくこと。
施主が忙しいなら、配偶者や兄弟に「お布施係」をお願いしておくと安心です。
「誰かが渡しただろう」と全員が思い込んでいた、というのは本当によくあるパターンです。

もうひとつは、僧侶が到着したときのあいさつで渡してしまうこと。
お布施は、法事の前に渡しても失礼にはあたりません。
到着後のあいさつのときに渡してしまえば、渡し忘れを防げます。

法事が終わってからだと、会食や見送りでバタバタして、つい忘れがちになります。

まとめ

お布施を渡し忘れても、慌てなくて大丈夫です。気づいたらお寺に電話で一言伝えて、都合のいい日に持参するか、難しければ現金書留や銀行振込で送れば、それで十分です。

封筒は当日と同じ「御布施」のままでよく、遅れたからといって金額を上乗せする必要もありません。

そもそもお布施は、お経の料金ではありません。浄土真宗では、教えに出遇えたことへの感謝の気持ちです。だから、渡すのが遅れたことで故人が困るということもありません。

「しまった」と思ったその気持ちを、そのまま電話の一言にしてみてください。

maru
浄土真宗の僧侶・二児の父
会社員から縁があって僧侶になりましたが、子育ても日々の暮らしも、迷うことばかり。仏教や仏事の「よく分からない」を、身近な言葉でひもときます。ときどき、父親として感じたことや、暮らしの小さな気づきも。
目次