秋が深まってくると、お寺から「今年のお取り越しは、○日でいかがですか」と電話がかかってくる。「お寺の報恩講にお参りしませんか」と案内のお手紙が届く。 実家が浄土真宗なら、そんな連絡を受けたことがある方も多いのではないでしょうか。
そもそもお取り越しって何をする日なのか。おじいちゃんやおばあちゃんの法事と、どこが違うのか。あらためて聞かれると、意外と答えにくいものです。
この記事では、真宗大谷派の僧侶の立場から、お取り越しの意味と由来、そして自宅で勤める報恩講の準備と当日の流れを、「なぜそうするのか」とあわせて紹介します。
お取り越しとは?一言で言うと「家で勤める報恩講」
お取り越しって、結局なんの法要なんでしょうか。
一言で言うと、お取り越しは、親鸞聖人のご命日をご縁に勤める「報恩講(ほうおんこう)」を、本山より早めに、ご門徒の家やお寺で勤める法要です。
どちらかというと、ご門徒の家で勤める報恩講のことをお取り越しと呼ぶことが多いです。
ご門徒というのは、浄土真宗のお寺とつながりをもち、その教えを聞いている家や人のことです。先祖代々のおつきあいという家が多いですね。
ここで一つ、勘違いされやすいことがあります。
お取り越しは、その家で亡くなった方の法要ではありません。
「え、うちのご先祖のためにお経をあげてもらう日じゃなかったの?」
そう思っていた方も多いかもしれません。実際、お取り越しの時期によく聞かれる質問です。 特に若い世代では、「親の代からなんとなく続けてきた」という方も少なくありません。
この記事の前半では、お取り越しの名前の意味や由来、浄土真宗での考え方を。後半では、自宅で勤めるときの準備と当日の流れを見ていきます。
「取り越す」は「前倒しにする」という意味
「取り越し苦労」という言葉がありますよね。
まだ起きていないことを、先回りして心配することです。
この「取り越す」には、予定の日より早く行う、前倒しにするという意味があります。
真宗大谷派の本山・東本願寺(真宗本廟)では、毎年11月21日から28日まで報恩講が勤まります。
それより早い時期に、各地のお寺やご門徒の家で報恩講を勤める。だから「お取り越し」と呼ばれてきました。
そもそも報恩講ってどんな仏事?
報恩講は、浄土真宗を開いた親鸞聖人のご命日をご縁に勤める法要です。
真宗大谷派では、一年でいちばん大切な法要とされています。
「報恩」は、恩に報いること。
「講」は、もともと人が集まって教えを聞く集まりのことです。
つまり報恩講は、名前のとおり「恩に報いるために、集まって教えを聞く場」。この「恩に報いる」の中身は、あとで詳しくお話しします。
ちなみに「報恩講」という名前の法要は、真言宗の一部など、浄土真宗以外の宗派にもあります。ただ、一般に報恩講といえば、浄土真宗のものを指すことがほとんどだと思います。
「お取り越し」の呼び方は地域でいろいろ
報恩講は、地域によって「ほんこさん」「うちぼんこう」などとも呼ばれます。
また、新潟県三条市にある真宗大谷派の三条別院では、別院で勤める報恩講が「お取り越し」として親しまれています。期間中は門前に露店が並び、町の大きな行事になっています。
なぜ本山より早いの?お取り越しの由来と歴史
親鸞聖人のご命日に勤めるのが報恩講なら「本山と同じ日にやればいいのに」と思いませんか。
私も最初は、なぜわざわざ前倒しにするのか不思議でした。
実は、本山より先にお勤めすることにはちゃんと理由があります。
親鸞聖人のご命日は11月28日
親鸞聖人は、弘長2年(1262年)の11月28日、90歳で亡くなりました。これは旧暦での日付です。
真宗大谷派の本山・東本願寺では、この11月28日を最終日として、11月21日から28日まで報恩講が勤まります。
一方、浄土真宗本願寺派(西本願寺)や真宗高田派の本山では、旧暦の日付を新暦に置き換えた1月16日を最終日として、1月9日から16日まで勤められます。
同じ浄土真宗でも、本山の報恩講の時期は宗派によって違います。
親戚の家と時期が合わなくて「あれ?」と思ったときは、自分の家がどの宗派だったのかを思い出してみてください。
本山の報恩講にお参りするために「取り越した」
では、なぜ各地のお寺や門徒宅では早めに勤めるのでしょうか。
よく言われるのは、本山の報恩講と日が重ならないようにして、ご門徒が本山へお参りできるようにという理由です。
本山の報恩講に参拝する前に自分のお寺や家で報恩講を勤める。そういう順番が、長い間の慣わしになってきました。
お寺側の現実的な事情もあります。
一つのお寺が、何十軒、何百軒というご門徒の家を回ります。一日ですべては勤められないので、秋から年末にかけて、少しずつ日をずらしてお参りすることになります。
報恩講の始まりと、門徒宅への広がり
報恩講の始まりは、鎌倉時代の終わりごろにさかのぼります。
親鸞聖人のひ孫にあたる覚如上人が、聖人の三十三回忌の年(1294年)に『報恩講私記』を書き、聖人の徳をたたえる法要を勤めました。これが報恩講の始まりとされています。
その後、室町時代の蓮如上人は、教えを分かりやすい手紙(御文)にして各地へ送りました。ご門徒が集まって教えを聞く「講」が、各地で盛んになっていきます。蓮如上人自身も、報恩講を迎えるにあたっての御文を書いています。
家で勤める報恩講が、いつどこで始まったのか。はっきりした起点を一つに決めるのは難しいところです。 ただ、ご門徒が集まって教えを聞く「講」が各地域に根づいたことが、門徒宅で勤めるお取り越しの大きな土台になったと考えられています。
隠れ念仏の地に残る「お取り越し」
江戸時代、今の熊本県南部にあたる人吉藩では、浄土真宗(当時は一向宗とも呼ばれました)が禁じられていました。それでも信仰を守り続けた人々の歩みは、「隠れ念仏」と呼ばれています。
この地域では今も、大切に守られてきた掛け軸を、地区から地区へと渡す仏事が「お取り越し」として続いています。
報恩講がご門徒にとってどれほど大切な場だったのか。その重みが伝わってくる話です。
お取り越しは故人の法事とどう違う?浄土真宗の考え方
お寺さんが家に来て、お内仏(仏壇)の前で正信偈を読む。
見た目だけなら、年忌法要とほとんど同じですよね。
ただ実は、意味はかなり違います。
ここは、お取り越しを理解するうえでいちばん大切なところです。
亡き人のための「追善供養」ではない
仏教では一般に、亡くなった人のために、生きている者が善い行いを積み、その功徳を故人へ回し向ける「追善供養」という考え方があります。多くの宗派の法事は、この考え方と結びついています。
一方、浄土真宗では、亡くなった人は阿弥陀如来のはたらきによってお浄土に生まれる、と受けとめます。そのため、私たちの供養によって故人を救う、という考え方をとりません。
これは他の宗派の法事を否定する話ではありません。浄土真宗ではこう受けとめる、という違いです。
報恩講も同じです。
親鸞聖人のために、何かをしてあげる法要ではありません。
報恩講は、親鸞聖人を通して伝えられた教えを、私たちがあらためて聞かせていただく仏事。これが、浄土真宗での受けとめです。
「恩に報いる」とは、教えを聞くこと
では、「恩に報いる」とは、何をすることなのでしょう。
報恩講や聞法会の終わりに、よく読まれる和讃があります。「恩徳讃(おんどくさん)」と呼ばれる、親鸞聖人がつくった和讃です。
如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も ほねをくだきても謝すべし(『正像末和讃』)
阿弥陀如来の大きな慈悲の恩。そして、その教えを私のところまで伝えてくださった師や先人たちの恩。身を粉にしても、骨をくだいてでも、それに報いていく。そんな意味の和讃です。
「〜べし」とありますが、命令というより、「報いずにはいられない」という感動の言葉として味わわれることが多い和讃です。
浄土真宗で「恩に報いる」というのは、教えを聞き、念仏申す身として生きていくことだと受けとめられてきました。立派なお供えや、豪華な法要で恩を返す、という話ではないんですね。
たとえば、学生時代の恩師に恩返しがしたいと思ったとします。菓子折りを持っていけば、もちろん喜んでもらえるはずです。
ただ、先生にとっていちばんうれしいのは、自分が教えたことを身に付けて教え子の姿ではないでしょうか。
報恩講も、それに近いものだと私は感じています。
年に一度、家族で教えを聞き直す。そのこと自体が「恩に報いる」ことになっているのだと思います。
だからお取り越しは「家族で教えを聞く日」
お取り越しは、家族みんなで教えにふれる、年に一度の行事として続いてきました。
浄土真宗では、年忌法要も追善のためではなく、亡き人をご縁に教えを聞く場と受けとめます。その意味では、年忌法要もお取り越しも「教えを聞く場」という点は同じです。
違うのは、何をご縁にするか。
年忌法要は「身近な亡き人」をご縁に。お取り越しは「親鸞聖人のご命日」をご縁に。そう整理すると分かりやすいと思います。
自宅で勤めるお取り越しの準備は何をする?
いざ「準備して」と言われても、何から手をつければいいのか迷いますよね。
大きく分けると、日程を決めること、お内仏を整えること、お布施などを用意すること。この三つです。
ここで紹介するのは、真宗大谷派のお宅での一般的な例です。浄土真宗でも宗派によって異なる場合がありますし、同じ大谷派でも、地域やお寺によってやり方が異なることもあります。
迷ったときは、お手次(おてつぎ)のお寺、つまり普段お付き合いのあるお寺に聞くのがいちばん確実です。
日程はお寺からの連絡で決まることが多い
私のお寺では、秋ごろにこちらから「今年のお取り越しは、○日の○時ごろに伺ってもよろしいですか」とご連絡しています。
お忙しいお宅の場合は、ご門徒のほうから先に日程の相談をいただくこともあります。
もし都合が悪ければ、遠慮なく相談して大丈夫です。ただ、お寺側も何軒も回るので、早めに伝えてもらえるほうが助かります。
時間は、お勤めと法話で30分から長くても1時間ほどの地域が多いと思います。
時間帯もバラバラで、朝6時からの家もあれば、仕事が終わった夜に勤める家もあります。
お内仏の掃除と「お磨き」
前日までに、お内仏のほこりを払い、きれいにしておきます。
ろうそく立てや花瓶、香炉など、真鍮の仏具を専用の磨き剤で磨く「お磨き」をする家も多いです。
年末の大掃除を、少し前倒しにするイメージですね。まさに「取り越し」です。
打敷・ろうそく・お花は「特別な日」の形に
報恩講のときは、お内仏をふだんより丁寧な形に整えます。真宗大谷派の家庭では、おおむね次のような形です。
まず、打敷(うちしき)。上卓(うわじょく)と前卓(まえじょく)という台に掛ける、三角形の布です。ふだんはしまっておき、報恩講や法事などのときに掛けます。
ろうそくは朱ろうそく(赤い和ろうそく)を使います。
お花は、松を中心(真)にして、季節の花や菊を添える立て方が大谷派では一般的です。
ろうそく立てと花瓶が二組ずつあれば、香炉を真ん中にした「五具足(ごぐそく)」に。なければ、ふだんの「三具足(みつぐそく)」でも良いです。
では、なぜこんなふうに飾るのでしょうか。
お内仏の飾りは「荘厳(しょうごん)」といいます。荘厳は、本来は姿かたちもなく、目に見えないお浄土の世界を、私たちが目や鼻で感じられる形に表したもの、とされています。
つまり、お内仏の飾りは、仏さまやご先祖への「プレゼント」ではありません。
行ったことのない場所の話を、言葉だけで聞くより、一枚の写真を見たほうがぐっと伝わりますよね。荘厳は、それに近いものです。報恩講は一年でいちばん大切な仏事なので、いちばん丁寧な形に整える、というわけです。
お供えのお餅(お華束)とお仏飯
報恩講では、お華束(おけそく)と呼ばれるお餅を、供笥(くげ)という台に盛って飾ります。門徒宅では丸餅を重ねる形が多く、紅白でなくても大丈夫です。
阿弥陀さまの前には、お仏飯(おぶっぱん)も忘れずに。大谷派では、円筒形に盛るのが一般的です。
また、浄土真宗では、お茶やお水を湯のみで供えることは基本的にしません。
本願寺派(お西)など、ほかの浄土真宗では?
浄土真宗でも、宗派によって細かな作法は違います。
たとえば浄土真宗本願寺派では、お仏飯を丸く盛るのが一般的で、お花の立て方にも違いがあります。
お勤めのあとに拝読する蓮如上人の手紙も、大谷派では「御文(おふみ)」、本願寺派では「御文章(ごぶんしょう)」と呼びます。
どちらが正しいというより、それぞれの伝統の違いです。親戚の家と飾り方が違っても、気にしなくて大丈夫ですよ。
お布施とお斎(おとき)の準備
お布施は、白い封筒や奉書紙に包み、表書きは「御布施」と書くのが一般的ですが、「報恩講志」や、単に「志」とだけ書く場合もあります。
金額は、地域やお寺によってかなり幅があります。いちばん確実なのは、お寺に「皆さん、どれくらい包まれていますか」と聞いてしまうこと。聞いて失礼になることはありません。
お布施は、お経を読んでもらう料金ではありません。教えに出遇えたことへの感謝として、仏法のために納めるものです。
お斎(おとき)は、法要のあとの食事のことです。用意するかどうかは、家庭によっても違いますし、時間帯によっても違ってきます。最近は、お茶とお菓子でゆっくりお話しする形もよく見かけます。
お斎を用意しない場合は、「御膳料」を別途用意する地域もあるので、気になる方はお寺に確認してみてください。
お取り越し当日の流れは?
準備ができたら、いよいよ当日です。
どんなふうに進むのか分かっていると、ずいぶん気持ちが楽になります。
ここでも、真宗大谷派のご門徒宅でよくある流れを紹介します。
お寺さんを迎えたら
ろうそくとお線香は、お寺さんが来る少し前に灯しておく家もあれば、到着してから一緒に準備する家もあります。初めてでわからない場合は、お寺さんに遠慮なく聞いてみてください。
家族は、念珠と勤行本を用意しておきましょう。大谷派の勤行本は、表紙の色から「赤本」と呼ばれることもあります。
座る位置は、お寺さんがお内仏の正面に。家族はその後ろに座ります。
お勤めは「聞く」より「一緒にする」
報恩講のお勤めは、一般的に正信偈(しょうしんげ)、念仏、和讃、回向の順に進みます。
ここで知っておいてほしいのは、大谷派では、お勤めは「お坊さんが読むのを聞くもの」ではなく、ご門徒も一緒に声を出すものとして大切にされてきたことです。
はじめは読めなくても、まったく問題ありません。勤行本の文字を目で追うだけでも十分です。
お勤めのあとには、蓮如上人の御文を拝読することが多いです。
法話とお茶の時間
お勤めのあとは、短い法話があります。そのままお茶を飲みながら、雑談の時間になることも多いです。
この時間、実は仏事の疑問を聞くいちばんのチャンスです。
法名のこと、お墓のこと、お内仏の飾り方のこと。葬儀のときには聞きそびれたことを、お取り越しの場で質問される方はとても多いです。遠慮せずに聞いてみてください。
お斎をいただく場合
「斎(とき)」は、もともと僧侶が正午までにとる食事のことでした。そこから、法要のあとの食事を「お斎」と呼ぶようになりました。
お斎は、ただの食事ではなく、教えを聞いた余韻のなかでいただく時間でもあります。
お斎を用意するお宅では、仕出しを頼むことが多いですが、手づくりでもてなしてくださるお宅もあります。
現代でのお取り越しをどう考えたらいい?
お内仏が小さい。平日は仕事がある。子どもがじっとしていられない。
お参りの席で、ご門徒からそんな悩みを聞くこともよくあります。
道具がそろっていなくても大丈夫
最近の家具調のお内仏には、上卓や前卓がないものも多く、打敷を掛けられないこともあります。五具足がそろわない家もたくさんあります。
そういう場合は、無理に買いそろえなくて大丈夫です。今あるもので、できる範囲で整えれば十分です。
大切なのは道具の数より、年に一度、家に教えを聞く場がひらかれることだと思います。
平日が難しいとき、子どもが小さいとき
平日の昼に家族がそろわないなら、お寺に相談してみてください。土日に調整できることもありますし、家にいられる人だけでお迎えする形でも問題ありません。
わが家にも小さな子どもが二人いて、私が正信偈を読んでいる後ろで元気に走り回っていることもありました。途中で泣いたり声を出したりしても、お寺さんはたいてい慣れています。
続けるか迷ったら、お寺に相談を
親の代から続いてきたお取り越しを、これからどうするか。迷っている方もいると思います。
まず知っておいてほしいのは、お取り越しを勤めなかったからといって、故人や家に何か悪いことが起きることはない、ということです。
そのうえで、家で勤めるのが難しければ、お寺の報恩講にお参りする形もあります。どんな形がいいかは、お寺と一緒に考えていけば大丈夫です。
個人的には、年に一度、家族で教えにふれる時間はとても大切だと感じています。 忙しい毎日のなかで、ふと立ち止まる時間にもなるからです。
お取り越しでよくある疑問
最後に、お取り越しの時期によく聞かれる質問をまとめておきます。
服装は喪服でなくてもいい?
喪服である必要はありません。華美でない、落ち着いた平服で大丈夫です。
お葬式ではないので、黒一色でそろえなくても問題ありません。
念珠と、お持ちであれば肩衣(かたぎぬ)も用意しておきましょう。肩衣は、お勤めのときに肩にかけるもので、真宗大谷派ではご門徒の正装となります。
家族全員そろっていないとダメ?
全員そろわなくても大丈夫です。
お取り越しは「何人集まったか」で意味が変わるものではありません。もちろん、そろえばうれしいものですが、来られる人が、来られる範囲で教えにふれる。それで十分です。
お寺の報恩講にもお参りしたほうがいい?
決まりではありませんが、機会があればぜひ足を運んでみてください。
お寺の報恩講は、ご門徒でなくても、どなたでもお参りできるのが基本です。地域によっては「参り合い」といって、近くのお寺の僧侶が集まって一緒にお勤めするお寺も多いです。
大勢でお勤めする声の響きや、本堂の荘厳は、家で勤めるお取り越しとはまた違った味わいがあります。
まとめ
お取り越しは、親鸞聖人のご命日をご縁に勤める報恩講を、本山より早めにお寺や家で勤める仏事です。「取り越す」は前倒しにするという意味で、ご門徒が本山の報恩講にお参りできるように、という慣わしから生まれた呼び名です。
そして、お取り越しはご先祖の追善供養ではありません。親鸞聖人を通して伝えられた教えを、家族であらためて聞かせていただく日です。
飾り方やお布施などの作法は、宗派や地域によって違います。分からないことがあれば、お取り越しの席でお寺さんに聞いてみてください。その質問から、教えとの出遇いが始まることもあります。

