新しいお家にお内仏(お仏壇)を置こうと仏壇店へ行ったら、「ご本尊は、お手次のお寺さんを通して本山からお迎えしてくださいね」と言われた。
そんな経験がある方もいるかもしれません。
「え、仏壇と一緒に買えないの?」
「お寺を通すって、何をすればいいの?」
と戸惑うのは、ごく自然なことです。
この記事では、浄土真宗のご本尊はどこからお迎えするのか、なぜお寺を通すのか、その歴史と考え方、そして実際の流れやご本尊を迎える式(入仏式)まで、真宗大谷派の僧侶としてお話しします。
結論:ご本尊は、お手次のお寺を通して本山からお迎えします
先に結論からお伝えしますね。
浄土真宗のご本尊は、お手次(おてつぎ)のお寺を通して、本山からお迎えするのが原則です。
真宗大谷派なら京都の東本願寺、浄土真宗本願寺派なら西本願寺が本山にあたります。
本山と、それぞれのお内仏のあいだを、お手次のお寺がつないでくれる。そんなイメージです。
そして浄土真宗では、ご本尊を「買う」とはあまり言いません。「お迎えする」「いただく」という言い方をします。
この言葉の違いに、実は今日のテーマがぎゅっと詰まっています。
なお、浄土真宗でも宗派によって異なる場合があります。この記事は真宗大谷派の考え方を中心に進めていきます。
そもそも浄土真宗の「ご本尊」とは何?
「ご本尊って、仏壇の真ん中に掛かっている仏さまの絵のことでしょ?」
はい、その通りです。
ただ実は、浄土真宗のご本尊には、もう一歩奥の意味があります。ここが分かると、「なぜお寺を通すのか」もぐっと分かりやすくなると思います。
色も形もない「はたらき」を、形にしたものがご本尊
浄土真宗のご本尊は、阿弥陀如来です。
親鸞聖人は、その仏さまの本当のすがたは色も形もないものだと語っています。『唯信鈔文意』には「法身は、いろもなし、かたちもましまさず。」という言葉があります。
心でも言葉でも捉えきれない、色も形もない真実。それが、私たちに届くように形をとって現れてくださった。これを「方便法身(ほうべんほっしん)」と言います。
身近なもので例えると、手紙に少し似ているかもしれません。
誰かを思う気持ちそのものは、目に見えません。でも、それが手紙という形になると、受け取った側は「ああ、大事に思われていたんだな」と感じることができますよね。
つまり、ご本尊は飾って眺める美術品ではなく、仏さまのはたらきに出遇うための形なんです。
お内仏の真ん中と両脇には、何を掛けるの?
真宗大谷派では、基本的にはお内仏の中央に阿弥陀如来の絵像(えぞう)をお掛けします。
昔からあるお宅には、「南無阿弥陀仏」の名号が掛かっている場合もあります。
その両脇には「お脇掛(おわきがけ)」として、向かって右に「帰命尽十方無碍光如来」の十字名号、左に「南無不可思議光如来」の九字名号をお掛けします。名号のかわりに、向かって右に親鸞聖人、左に蓮如上人の御影(ごえい)をお掛けすることもあります。
ちなみに蓮如上人は、ほかの流れでは名号より絵像、絵像より木像を重んじるけれど、この教えではむしろ木像より絵像、絵像より名号だ、と語ったと伝えられています(『蓮如上人御一代記聞書』)。
大事なのは形の立派さではなく、南無阿弥陀仏のはたらきそのもの。浄土真宗のご本尊は、そのはたらきを表したものとして受け止められてきました。
なぜ仏壇店ではなく、お寺を通してお迎えするの?
「仏壇店にも、阿弥陀さまの掛軸は並んでいたけど…?」
そう思った方もいるかもしれません。
たしかに、仏壇とご本尊はセットで買うもの、というイメージは根強いです。ほかの宗派では、仏具店などで仏像や掛軸を求めて、お寺で開眼供養をしてもらう流れもよく見られます。
ただ実は、浄土真宗でお寺を通すのには、ちゃんと理由があります。ここでは2つの視点からお話ししますね。
ご本尊は「商品」ではなく、教えを受けとったしるしだから
本山からお迎えするご本尊には、金額に「価格」ではなく「礼金」という言葉が使われています。
この一語に、ご本尊は品物として売り買いするものではないということが表れていると感じます。
たとえば、母子手帳を思い浮かべてみてください。
見た目が似たノートなら、お店でも手に入るかもしれません。でも母子手帳は、役所で受け取るからこそ、健診や保健師さんとのつながりが一緒に始まりますよね。
ご本尊も同じです。本山から、お手次のお寺を通していただくことで、「この教えを暮らしのよりどころにします」という一つの出発点になります。
お手次のお寺との「つながり」がそこから始まるから
真宗大谷派では、ご本尊を中心にして、人から人へお念仏の教えが受け伝えられてきた伝統があります。
ご本尊をお迎えしたら、入仏式のお勤めをお願いする。報恩講や年忌法要のときには、お寺の方がそのご本尊の前でお勤めをする。分からないことがあれば、お寺に聞く。
ご本尊のお迎えは、お手次のお寺とのご縁が始まる、あるいは結び直されるタイミングでもあります。
「お手次(おてつぎ)」ってどういう意味?
「手次」は、取り次ぐという意味です。本山と門徒宅のあいだを取り次いでくれるお寺なので、「お手次のお寺」「手次寺」と呼びます。
一般的に言う「菩提寺」「檀那寺」とほぼ同じ意味ですが、浄土真宗では「お手次」という言い方がよく使われます。
「本山からいただく」には、どんな歴史があるの?
「そもそも、いつからこういう形になったの?」
ここは少しだけ歴史のお話です。今の形がどこから始まったのかを知ると、お寺を通す意味がもっと腑に落ちると思います。
蓮如上人の時代、ご本尊は門徒の集まりへ手渡された
室町時代、本願寺第8代の蓮如上人は、各地を回って教えを広めました。
そのとき大切にされたのが、ご本尊です。真宗の絵像は門徒の集まりの求めに応じて本願寺から手渡されることが多く、蓮如上人は自ら裏書きをした名号や絵像を積極的に届けたと伝えられています。
次の本願寺第9代・実如上人の時代にも、各地に開かれた道場へ、ご本尊となる絵像や名号が届けられていきました。そうしていただいたご本尊が、今もお寺や集落に残っている例がいくつもあります。
当時の門徒は、そのご本尊の前に集まり、お念仏の教えを聞きました。
つまり、ご本尊は「個人が選んで買うもの」ではなく、教えを聞く場の中心として本願寺から届けられてきたもの。これが「本山からいただく」という形の原点です。
ご本尊の裏に書かれた「裏書」には何がある?
ご本尊の掛軸の裏に、墨で文字が書かれていることがあります。
これは「裏書(うらがき)」と呼ばれるものです。
古い絵像の裏には、「方便法身尊形」という文字、本願寺法主(現在の門首)の名前、年月日、そして「どこのお寺の門徒の、どこの誰へ」という宛先が書かれていることもあります。
裏書は、誰が、どのお寺とのつながりの中で、このご本尊をお迎えしたのかという記録でもあったわけです。
お魂入れはしないの?浄土真宗のご本尊の考え方
「新しい仏壇やご本尊には、お魂入れ(開眼供養)が必要って聞いたけど…」
葬儀のあとに、よく聞かれる質問です。
たしかに一般的には、新しい仏像や仏壇に「魂を入れる」開眼供養(かいげんくよう)を行う宗派が多いです。
ただ、浄土真宗では、ご本尊に魂を入れるという考え方をとりません。
先ほどお話ししたとおり、ご本尊は、もともと色も形もない仏さまのはたらきが、私たちに届くように形をとったものでした。僧侶が魂を入れたり抜いたりできるものではありません。
そのかわりにお勤めするのが「入仏式(にゅうぶつしき)」です。入仏法要や「おわたまし法要」とも呼ばれます。
いずれにしても、入仏式は、ご本尊をお迎えしたことを喜び、仏さまの徳をたたえるお勤めです。
私は、入仏式を「仏さまを家に入れる式」というより、この家で、ご本尊の前に座る暮らしが始まる日だと受け止めています。
ご本尊をお迎えするときは、何から始めればいい?
「理由は分かったけど、実際には何をすればいいの?」
ここからは、真宗大谷派の場合を例に、大まかな流れをお話しします。細かい手順はお寺によって変わることもあるので、目安として読んでください。
まずはお手次のお寺に相談する
新しくお内仏を置くときも、仏壇を買い替えるときも、最初の相談先はお手次のお寺です。
ご本尊は、お内仏の中の寸法に合わせて大きさを選びます。仏壇を決める前後にお寺へ一声かけておくと、「せっかく仏壇を買ったのに、ご本尊の大きさが合わない」ということを防げます。
お手次のお寺を通して申し込む
大谷派では、お手次のお寺のご住職に頼むか、東本願寺の参拝接待所で直接お受けすることができます。
どちらでも大丈夫ですが、ご本尊のお迎えは、お手次のお寺とのご縁が始まるときでもあります。お寺に頼んだほうが、入仏式などその後の流れもスムーズだと思います。
入仏式のお勤めをお願いする
内容はお寺によって違いますが、お内仏の前でお勤めをして、短いお話をすることが多いです。
できれば、家族がそろう日を選んでみてください。小さな子どもがいるなら、「今日からうちにも、ご本尊がいらっしゃるんだよ」と伝えるだけでも、記憶に残る一日になります。
子どもと一緒にお参りするときの心配ごとは、別の記事で詳しく紹介しています。
ご本尊のお迎えで、よくある疑問
最後に、ご本尊のことでよく聞かれる質問をまとめておきます。
ご本尊は、誰かが亡くなってから迎えるもの?
葬儀のあとに、「四十九日までに仏壇とご本尊を用意しないと」と慌てて相談されることがよくあります。
もちろん、そのタイミングでお迎えするのも大切なご縁です。
ただ、ご本尊は亡くなった人のためだけに用意するものではありません。私たちの心のよりどころとなる大切なものです。
だからこそ、お迎えする時期に決まりはありません。
新居に引っ越したとき、結婚したとき、一人暮らしを始めたとき。そうした節目も、ご本尊をお迎えするご縁になります。
仏壇店で買ったご本尊は、使ってはいけないの?
「もう仏壇店で買ってしまった…」という方も、心配しすぎなくて大丈夫です。
どこで求めたかによって、何か悪いことが起きる。そういう考え方は、浄土真宗にはありません。
ただ、ここまでお話ししてきたように、本山からお手次のお寺を通してお迎えすることには意味があります。気になるようなら、一度お寺に相談してみてください。そのまま安置するか、本山からお迎えし直すか、一緒に考えてもらえるはずです。
お手次のお寺が分からないときは?
まずはご家族に、葬儀や法事のときにどのお寺が来てくれたか聞いてみてください。案外、実家の親はよく知っていたりします。
それでも分からない場合は、各宗派の公式サイトに、近くのお寺を探せるページがあります。
また大谷派なら、東本願寺の参拝接待所で直接ご本尊をお受けすることもできます。京都へお参りに行く機会があれば、それもひとつのご縁です。
仏壇を置く場所がなくても、ご本尊はお迎えできる?
マンションや賃貸住宅だと、大きなお内仏を置くのは難しい。そんな声もよく聞きます。
大谷派では、仏壇がなくても棚の上などに安置できる三折(みつおり)の御本尊や、据え置きと壁掛けのどちらにもできる額装の御本尊も用意されています。
大きさや豪華さより、ご本尊の前に座る場所が暮らしの中にあることのほうが、ずっと大切です。
古いご本尊は、どうすればいい?
仏壇の買い替えなどで、古いご本尊をどうするか迷う方もいます。
自分で処分してしまう前に、お手次のお寺に相談してください。扱い方はお寺や地域によって違います。
それから、もし古いご本尊に裏書があれば、それはご家族が代々そのご本尊の前でお参りしてきた記録でもあります。お寺の方に読んでもらうと、思いがけない家族の歴史に出会えるかもしれません。
まとめ:ご本尊のお迎えは、お寺とのご縁の始まり
浄土真宗のご本尊は、仏壇店で品物として選ぶものというより、お手次のお寺を通して本山からお迎えするものです。
それは、ご本尊が色も形もない仏さまのはたらきを、私たちに届く形にしたものだからです。蓮如上人の時代から、ご本尊は教えを聞く場の中心として手渡され、裏書には、どのお寺とのつながりの中でお迎えしたのかが記されてきました。
また、浄土真宗では魂を入れる「開眼」の考え方をとらず、入仏式はご本尊をお迎えしたことを喜ぶお勤めです。お迎えするのは、誰かが亡くなったときだけではありません。新しい暮らしの始まりも、大切なご縁になります。
迷ったら、まずはお手次のお寺に一声かけてみてください。そこから、ご本尊の前に座る暮らしが始まります。

